みずにんの日記

のべです!考えたことを記録しております!

真のプロはマイノリティの環境下に身を置く説

ワールドカップを地上波で視聴中。

観ながら考えたことをここに書きます。

 

弟が高校生からサッカーをしだして、すごくよくわかったことは

「怪我をしない難しさ」です。

足の爪が剥がれる。足首は捻挫する。太ももの靭帯を切る。

足でサッカーボールを蹴るだけでも、足の爪は剥がれます。私は弟の足の爪を見て、痛々しさにギョッとしましたが、これが普通だよ。という感じでした。

 

サッカーは、ボールの上に乗ってこけたり、対人スポーツだから、相手とぶつかったり、足を引っ掛けられてこかされたり、スパイクで踏まれたりして怪我をします。

自分では避けられない怪我が沢山ある競技です。

だから、まず「ワールドカップに出場している」ということが素晴らしいフィジカルと、強運の持ち主であることを、証明しています。

 

そして、やはりサッカーは失敗の中で学ぶ競技です。こうしたら相手の選手は嫌がるな(チーム貢献できるな)、ここまでしたらイエローカードか、レッドカードかなどプレイについても学べますし、チームにかける言葉などどういう態度が勝利につながるかというコミュニケーションについても学べますし、緊張の乗り越え方やアドレナリンのコントロールなど、メンタルの方法についても学べます。

すべて経験から学ぶことです。

小さい頃からやっていたら経験値として感覚的に叩き込まれる。

どのスポーツでもいえることですね。

 

そして、ふと考えたこと。

世界で通用する選手たちは、どんな人たちなんだろう。

日本という世界的に見て恵まれた国に生まれ、サッカーをして、上手と言われ、勝ち上がりプロになる。

その段階では、日本で通用する選手です。

でも、世界で活躍していこう、となると、やはり日本を出てサッカーをしています。

 

重要なのは、自分を「マイノリティ」の環境下に置くということ。なのかなと考えました!

日本語を話すこと、アジア人であることが当たり前ではない環境下に身を置くことで、

コミュニケーションの齟齬がうまれ、時に差別されることは、容易に想像できます。

そんな劣悪な環境?ともいえる状況下になぜわざわざ?

それはその状況下に価値があるから。

「日本というちっぽけな国で活躍だなんて、なんて自分は愚かだったのか」と痛感する世界に行くと、落ち込むし、何言ってるかわかんない中で学ばなきゃいけないしで、参ると思います。

が、そんな環境下で、孤独と向き合い、なんとか周りに適合していく中で、己にしかない強みを見出し、自分の直感を信じて、日々耐え忍ぶ。

人はそうやって2枚も3枚も殻を破ってゆくのだろうと思います。

 

日本の選手は特に世界でもまれなきゃ、通用しない。恵まれた国に生まれた人間は、ここぞというときに弱い。温室育ちだと、世界には勝てないから、あえて自分から温室を抜け出し、寒くて、暗くて、心細いところ(つまりに外国)へ行き、そこで耐え忍び、そして、自分で考える。

フィジカル的にも全く敵わない相手と互角で闘うためには?

逃げずに、考え、実行した人だけが手に入れられる世界という舞台。

 

日本を出なきゃ、周りからもてはやされ、ぬくぬくと過ごしていられるのに、自分から温室を抜け出しマイノリティな環境下へいく度胸が、素晴らしいなと思うし、そこで自分の力を最後まで信じられる人が、真のプロなんだなと思います。

この時代の日本に生まれてラッキーだ!なんて思ってるわたしは、温室育ち。プロとは無縁。やれやれ。